そのうち私も中学に入学。
大きな初舞台も無事終えることが出来、
仲間の数人は映画やドラマにチョイ役をもらって出演し始めてすべてが順調に見えていたある日、
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突然、社長が会社の有り金を全部持って蒸発しちゃったんですよぉ~┌|゜□゜;|┐
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もう、養成所は上を下への大騒ぎ!!
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事情が事情なだけに当時まだ中2だった私の耳にはほとんど詳細は入らなかったのですが、青年部の人たちと子役の保護者たちと、九州支部の先生との間でなんらかの話し合いでもあったんですかねぇ?判らないけど。
とにかく、プロの役者を目指しているみんなにとっては所属プロダクションがなくなってしまったわけで、
一人減り、二人減り・・・・、
あっという間にみんな他のプロダクションに移っていってしまいました。
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まぁ、そうは言っても、通常九州でプロダクションっていうと福岡に集中しているものなんで、
プロの役者を目指している訳でもなく、
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【趣味:レッスン】
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ってだけの私としては毎週電車で隣の県まで行くわけにはいかないし。。。
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で、気がついてみると、
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なんとなく、一人だけ残っちゃってました
[壁]oT) ウルウル…寂シイ…
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まぁその前に、先生がうちの父親に
「私が責任持って育てますから!」
と力強く約束してくれたってのもあるんですけどね。
なんだか感動屋の父親はその言葉にいたく心打たれたみたいで、そのままプロダクション契約の話もなく、しばらく私一人の為だけにレッスンは続いたのでした。。。
でも、今考えてみると、先生、私のためだけにバレエと日舞と声楽の先生をそれぞれ雇ってたんだから大赤字だったと思うんですけどね。
大人になってから気がつくことってたくさんありますね。
うん。こうやって回想する機会があって良かった(T-T)
先生だって東京の第一線で活躍していた(らしい)のに、地元に帰ってスタジオ建設して、突然プロダクションが倒産して、って、誰よりも被害が大きかっただろうに(ノ◇≦。)
ありがとう。。。先生。。。
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その後、どれくらいマンツーマンのレッスンが続いたか覚えてはないのですが、また新しくプロダクション契約も出来、半年に1度のオーディションで順調に団員さんも増えていって再び賑やかな養成所が戻ってきたのでした゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
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・。
レッスン、
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たぁのすぃ~~~ぃ!!!!
┌|≧∇≦|┘└|≧∇≦|┐┌|≧∇≦|┘~♪
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相変わらず年上のお兄さん、お姉さんは優しくしてくれるし、
レッスンはだいぶ勝手が分かってきたしでほんと辞めるまでの5年間、土曜と日曜の午後はレッスン尽くしでした。
休んだのは中3の夏休みに夏期講習に行った時のみ。
もうすっかりお芝居の魅力に取り憑かれ、受験シーズンもずーっとレッスン尽くしでした。
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そして高校入学。
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学校も養成所のすぐ近くになったし、その頃には水曜のレッスンも新しく組み込まれ、週3日のレッスン、レッスン、レッスン。
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相変わらず先生の要求は厳しさ溢れるものだけど、
それでも、
レッスン、
。
たぁのすぃ~~~ぃ!!!!
┌|≧∇≦|┘└|≧∇≦|┐┌|≧∇≦|┘~♪
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お芝居を始めたのが11歳で、この時すでに15歳になっていました。楽しい、楽しいで4年の月日が経っていたある日、今までほとんど褒めてくれたことがない怖~い先生が、
「そろそろたんちゃんも身体が出来てきたから、本格的にお芝居のレッスンを始めようかね」
とおっしゃってくれたのです。
..+'(◕ฺ∀◕ฺ)..+* マジっすか!?
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たんちゃん興奮MAXです。
これからもっともっとレッスンは厳しくなっていくんだろうけど、もうお芝居の虜になってしまっていたたんちゃん、やる気MAXv(≧∇≦)v いえぇぇぇぇいっ♪
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という矢先、
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テンション低いオヤジが一人。
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父ちゃん「たんちゃん。。。。。。
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もうレッスン料が払えんけん、
劇団辞めてくれ」
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たんちゃん、再びピ――――ンチ!!!
<(゜ロ゜;)>ノォオオオオオ!!
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