詩のようなもの

2007年3月23日 (金)

『愛の唄』

運命の糸を手繰りながら 赤いカーペットを編みましょう

あなたが訪ねてくる日を待って 西洋家具で揃えましょう

あなたは星を数えながら その日がくるのを心待ちにして

窓がひとつもない家の 真上に5つ星が並ぶ夜

闇に隠れて会いにきて ノックは一度で よく聞こえるわ

何億年の記憶をともに 暖炉の傍で語らいましょう

ビスケットを焼いておくわ 50年は生きられそうなほどの

あなたは私の前世を 少しも違(たが)わず憶えているはず

私はあなたのことならば 昨日のことまで総て知っている

語りつづけましょう 今日の記念に

何一つ間違えないで 運命の糸で繋がれていた記憶

あぁ遺伝子を駆け上(のぼ)って ふたりひとつだった頃の話まで

もしあなたがひとつ私のことを 忘れてることがあったなら

私は瞳を失うでしょう 少しも気にはならないけど

光を失うことがあっても あなたを気配(けはい)で感じれるから

もしあなたがふたつ私のことを 忘れてることがあったなら

今度は言葉を失うでしょう 少しも困ることはないけれど

想いを言葉にしなくても あなたは解かってくれている筈だから

もしあなたが三度(みたび)私のことを忘れてることがあったなら

今度は音を失うでしょう 少しも寂しくはないけれど

あなたの声は私の胸に 直接染みて入り込むから

もしあなたが何も私のことを 憶えていないとするのなら

今度は何を失いましょう ひとつひとつ消えていって

私は球体に帰ってしまう

深い海の底からから再び あなたに出会える日を待って

再び歌う 愛の唄

これは昔、演歌並みの女の情念みたいなのを詞にしてみようと書いたものですが、

今読み直すとコエ~!!o(;△;)o

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2006年8月 8日 (火)

『ジョングルール ナ ボク』

他人(ヒト)ヲ踏みつけて歩かなきゃ 

自分は幸せになれないの?

感情に流されるようじゃ

まだまだGAKIだと笑われた

がらんどうな躰で暮らしていくのは気楽かい?

ホンモノガホシイノニ・・・ ホンモノデイタイノニ・・・

いつから『夢』という言葉ヲ 

言い訳に使いはじめたの?

そんなふうにならないってあの頃一緒に誓った僕は

タダの間抜けな 大人になったみたいだ

タダの間抜けな 大人になったみたいだ

ジョングルールみたいだね 

君は含み笑いで僕に言った

でもそれで生きてはいけないだろう

スーツ姿の君が憂う

がらんどうな躰にピッタリはまる良いスーツだね

キミノホウガシンパイダ・・・ キミノホウガシンパイダ・・・

歌ヲ最後に選んだのは

心がパンクしてしまいそうだったから

メロディーにのせてやらないと

口に出せなくなったボクは

やっぱりどっかで 大人になったみたいだ

やっぱり淋しい 大人になったみたいだ

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2006年8月 1日 (火)

いつか猫になる日まで

風邪がぶり返しちゃったので、今日とうとう病院に行ってきました。

整体院の移転オープンまでもう間がないのに身体が思い通りになってくれなくて、もうイライラ(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

おまけに今日の食事会もキャンセルに。でも、この咳じゃしょうがないよね。・゚・(ノД`)・゚・。

これ以上書いてもテンション凹文章が続いちゃうので、久しぶりに昔の曲UPデス+.゚(。´∀`)ノ゚+.゚

これは私の数少ないラブソングの中でも、さらに珍しいSweet系です♡→ܫ←♡ テヘ

たまにはこんなアタシもどーよ(´ー`)y-~

     『いつか猫になる日まで』

悲しまないで 憂えないで

あなたが穏やかに生きてなければ

あなた以上に

私の心は 波立つわ

あなたの声の微妙な変化を

全身のアンテナで感じてるのよ

理不尽なことばかり地球の周りを回ってるけど

大丈夫

``私が愛してる''って事だけ

真実なんてひとつあればいい

 いつの日かこのまま あなたの膝の上で

 安らぎに包まれた猫になるわ

 喉を鳴らし静かに歌い続けるから

 陽だまりの中で何度もKissして

裏切りや ひどい中傷に

無理に慣れることなんてないよ

私がいつも

あなたを守ってあげるから

それだけのパワーを感じる

甘えてるフリして耳を立てて

いつでも爪を研いでいるから

いつも笑っていてね

あなたは木漏れ日のような人だから

暖かさをいつでも感じれる

  いつの日かこのまま あなたの腕の中で

  同じ夢を見れる猫になるわ

  どんな寒い夜が来ても平気よ

  朝が来るまで離さないでね

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2006年3月25日 (土)

菜の花色のワーゲン

迎えに来てあげるよ いくつかの丘を越えて

ポンコツのワーゲンに菜の花色のペイントで

キミが憂鬱に頭抱えてる夜には 

思い出して歌おう君のママの子守唄

窓を打つ嵐に震える夜には 

明日の朝の七色の虹を想っておやすみ

楽しいことばかり続くわけじゃないって

笑っていられる強さも大事さ

それでも涙が止まらない時には

窓を開けておいてよ そしたら僕が・・・

迎えに来てあげるよ いくつかの丘を越えて

ポンコツのワーゲンに菜の花色のペイントで

落としちゃった夢なら新しく育てよう 

迷ってる間に大きくなるはずだから

こんな広い世界を全部見渡すことは

かえって忙しくて何も見つけられないさ

歩いてる足元の花がそろそろ咲くだろう 

ボクも楽しみにしてたタンポポが今ほら

春がそろそろ来るから 鳥も歌をおぼえるよ

ボクは大忙しさ 菜の花色のペイントで ボクが

町を染めてあげるよ 君の家のまわりから

とびきりのリズムと メロディーにのせて キミを

迎えに来てあげるよ いくつかの丘を越えて

ポンコツのワーゲンに菜の花色のペイントで

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私がBANDのために昔作った曲です。

菜の花が咲くこの時期になると、毎年

旦那と二人、車の中でノリノリで歌ってます( ̄▽ ̄)

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2006年2月 9日 (木)

時をたゆたう。。。。

水面(みなも)をたゆたって浮かんでいると

川は上から下に流れていることを知る

ぼんやり時計の音を聞いていると

時は現在から未来に流れていることを知る

だけど人生を生きていると

時が駆け抜けていったり

時が止まっているように感じるときがあるのは

何故だろう・・・・

こないだ献血でもらったへんちくりんな時計も

フランクミューラーの豪華な時計も

皮肉なほどに同じ早さで時は流れているのに・・・・

だから苦しまないで

キミの辛さは未来に向けて  今  形を変えている途中だから

部屋で膝を抱えてじっとしている間も

早くそのときが訪れないかと焦り苦しんでる間も

時間は優しく  温かく  そして

時には無情さを備えて

君の悲しみを癒してゆく

君の苦しみを流してゆく

明日はきっと少しだけ心が軽くなってるよ

もしそのときが来るまで不安なら

私の時計を貸してあげる

もし私の力が必要ないなら

時計に呪文をかけててあげるから

元気になったら

遊びにおいで060131_0844thumb

だか

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2006年2月 7日 (火)

カラーひよこ

にわとりになるくらいなら  タマゴのままいればよかった

つまらない大人になるには  マニュアルだけで事が足りる

Woo  さっき流した涙の理由(わけ)も思い出せず

Woo  小刻みに動いてる世の中で平らに生きてる

泳げよ、ひよこ  魚になって

反逆もまた君が生きた証明(あかし)

どんなに残酷なニュースさえ  CM明けには忘れられ

空いた時間だけを使って  平和パレードに興じてる

あの日買ったカラーひよこは  真っ白なにわとりになった

僕らは彩やかなひよこの中に何を求めたのだろう?

染まってくのを気づかない訳じゃない

こんなもんさと手足が痺れて

泳げよ、ひよこ  魚になって

そして僕らを蔑んでみればいい

叫べよ、ひよこ  お前とは違うさと

眠った僕らを呼び覚ますような声で

泳げよ、ひよこ  魚になって

反逆もまた君が生きた証明(あかし)

これは私が24歳のときに書いた曲の歌詞。

バンド活動中心で生活をしていた高校生時代。

別に不良とかではなかったので、盗んだバイクで走り出したり、夜の校舎の窓ガラスを壊して回ったりはしなかったけど、それでも噴き出しそうなエネルギーを持て余していたあの時代。

いっちょまえに「大人になんかなりたくない」だの、「歪んだ世の中をぶっ壊したい」だのとノートの端に自作の歌詞を次々に書きなぐっていた。

それから押し出されるように成人して、時間ばかりが自分を「大人」という世界に引っ張り出したと思ってた。高校生の頃書きなぐった歌詞の世界から自分が抜け出していってるなんて思わなかった。

そしてある時、、、多分TVのインタビューか何かで高校生の主張を聞いたとき、

なに甘えたこと言ってんだよ、子供のくせに

って思ってる自分に気がついた。。。。

気がつくまで少し間があって、それから凍りつくような感覚。。。。。

・・・・・私ハコッチ側ノ人間ニナッチャッタンダ・・・・・

子供の頃、夜店で父親にねだってカラーひよこを買ってもらった。

三人姉妹で、赤、青、緑。

それぞれ自分のひよこを選んで可愛がった。

『カラーひよこはひよこにスプレーで色を付けてあるからすぐ死んじゃうんだよ』

そんな大人の意見なんてものともせず、私たちのひよこは元気に育っていった。

もっとも、その頃には3人の子供たちはすっかりひよこ達に飽きてしまい、世話は全面的に祖母がやっていたのだけれど。

ある日、鳥のゲージから明らかに今までとは違う声がした。

慌てて見に行くと、ゲージの中にいたはずのひよこたちの姿はなく、そこには真っ白に羽を変えたにわとりが3羽いるだけだった。

それを見た私は大声を上げて泣き出してしまったのだ。

ひよこが大きくなったらにわとりになる

そんなことは幼稚園の鳥小屋で、小学校の鳥小屋で自然に学んでいたはずだったのに。。。。

幼い私はカラーひよこフツウのにわとりになるなんて思いもしなかったのだろう。。。

大人になって・・・・それは年齢的な大人という意味じゃなく、本当の大人になって、私はこのエピソードを思い出していた。

人間の子供は大人の縮小版の姿をしている。

だからきっと押し出されるように大人になるのだ。

それは、いたしかたことないことなのだ。

でも、カラーひよこなら。

大人と姿も色も違うカラーひよこなら、私よりもう少し、そのまま大人になることを拒める可能性があるんじゃないだろうか?

そう思って作った曲。

もちろん、本気で思ったわけじゃない。

私なりの自虐的な歌詞だ。

その時にはいつの間にか大人になってしまった自分を恥じる気持ちがあったんだろうな。

今の私には絶対書けない歌詞。。。。

形に残せて本当に良かった。

24歳の私がここにあるから。

か。

あの頃の未来に  ボクらは立っているのかな?

すべてが思うほど  上手くはいかないみたいだ

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