カラーひよこ
にわとりになるくらいなら タマゴのままいればよかった
つまらない大人になるには マニュアルだけで事が足りる
Woo さっき流した涙の理由(わけ)も思い出せず
Woo 小刻みに動いてる世の中で平らに生きてる
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泳げよ、ひよこ 魚になって
反逆もまた君が生きた証明(あかし)
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どんなに残酷なニュースさえ CM明けには忘れられ
空いた時間だけを使って 平和パレードに興じてる
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あの日買ったカラーひよこは 真っ白なにわとりになった
僕らは彩やかなひよこの中に何を求めたのだろう?
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染まってくのを気づかない訳じゃない
こんなもんさと手足が痺れて
泳げよ、ひよこ 魚になって
そして僕らを蔑んでみればいい
叫べよ、ひよこ お前とは違うさと
眠った僕らを呼び覚ますような声で
泳げよ、ひよこ 魚になって
反逆もまた君が生きた証明(あかし)
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これは私が24歳のときに書いた曲の歌詞。
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バンド活動中心で生活をしていた高校生時代。
別に不良とかではなかったので、盗んだバイクで走り出したり、夜の校舎の窓ガラスを壊して回ったりはしなかったけど、それでも噴き出しそうなエネルギーを持て余していたあの時代。
いっちょまえに「大人になんかなりたくない」だの、「歪んだ世の中をぶっ壊したい」だのとノートの端に自作の歌詞を次々に書きなぐっていた。
それから押し出されるように成人して、時間ばかりが自分を「大人」という世界に引っ張り出したと思ってた。高校生の頃書きなぐった歌詞の世界から自分が抜け出していってるなんて思わなかった。
そしてある時、、、多分TVのインタビューか何かで高校生の主張を聞いたとき、
なに甘えたこと言ってんだよ、子供のくせに
って思ってる自分に気がついた。。。。
気がつくまで少し間があって、それから凍りつくような感覚。。。。。
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・・・・・私ハコッチ側ノ人間ニナッチャッタンダ・・・・・
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子供の頃、夜店で父親にねだってカラーひよこを買ってもらった。
三人姉妹で、赤、青、緑。
それぞれ自分のひよこを選んで可愛がった。
『カラーひよこはひよこにスプレーで色を付けてあるからすぐ死んじゃうんだよ』
そんな大人の意見なんてものともせず、私たちのひよこは元気に育っていった。
もっとも、その頃には3人の子供たちはすっかりひよこ達に飽きてしまい、世話は全面的に祖母がやっていたのだけれど。
ある日、鳥のゲージから明らかに今までとは違う声がした。
慌てて見に行くと、ゲージの中にいたはずのひよこたちの姿はなく、そこには真っ白に羽を変えたにわとりが3羽いるだけだった。
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それを見た私は大声を上げて泣き出してしまったのだ。
ひよこが大きくなったらにわとりになる
そんなことは幼稚園の鳥小屋で、小学校の鳥小屋で自然に学んでいたはずだったのに。。。。
幼い私はカラーひよこがフツウのにわとりになるなんて思いもしなかったのだろう。。。
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大人になって・・・・それは年齢的な大人という意味じゃなく、本当の大人になって、私はこのエピソードを思い出していた。
人間の子供は大人の縮小版の姿をしている。
だからきっと押し出されるように大人になるのだ。
それは、いたしかたことないことなのだ。
でも、カラーひよこなら。
大人と姿も色も違うカラーひよこなら、私よりもう少し、そのまま大人になることを拒める可能性があるんじゃないだろうか?
そう思って作った曲。
もちろん、本気で思ったわけじゃない。
私なりの自虐的な歌詞だ。
その時にはいつの間にか大人になってしまった自分を恥じる気持ちがあったんだろうな。
今の私には絶対書けない歌詞。。。。
形に残せて本当に良かった。
24歳の私がここにあるから。
か。
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あの頃の未来に ボクらは立っているのかな?
すべてが思うほど 上手くはいかないみたいだ
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